タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムは、6月20日(土)から7月25日(土)まで、操上和美個展「April」を開催いたします。20世紀写真の巨星、ロバート・フランク(1924-2019)の姿をフィルムに収めた作品群を収録した同名写真集の刊行とあわせて開催される本展では、二人の写真家の邂逅から北海道・富良野への旅に至る1992-1994年の間に撮影された写真群より、22点を展示いたします。
操上は1960年より本格的に写真を始め、その後半世紀以上に亘って、時代を象徴する鋭い映像表現で広告界を牽引してきました。活動当初より、自らコンセプトを提案しイメージを作り上げていた写真家にとって、その行為と成果は、広告というジャンルに囚われず総じて「写真」であり、自身が生理的に反応したものを定着させた作品群には、操上独自の美意識と死生観を見ることができます。
著名人の姿とその時代の空気を印象的に写し取ったポートレイトは、操上の仕事の中で重要な位置を占めています。中でも、率直な眼差しでこちらを見据えるロバート・フランクの写真が表紙に配された『SWITCH』の特集(1992年)は、大きな反響を呼びました。偉大な写真家を前に、憧れや尊敬、畏れといった思いに満たされながら、操上の撮影はフランクのニューヨークにあるアトリエとノヴァスコシアの別荘への旅の中で行なわれました。「(……)彼の前に立ったとき、かつてアメリカの深部を見据えた、あの、優しく、真摯なまなざしは、深くロバート・フランク自身の内部に向っていた」と述べているように、撮影は「魂の交換ゲームのようにスリリングな緊張感」に満ちたセッションから、やがて互いの精神世界をなぞるような繊細なやりとりへと転じていきます。父親の逝去の後、操上は自身の故郷である富良野への旅にフランクを誘い、1994年4月に二人は北海道へと赴きました。それまで、自らの身体に刻印された郷里の風景から離脱することを求め邁進してきた操上が、生と死のとめどない時間の流れを受け止め、感覚に身を委ねてシャッターを切ったこの道行きは、写真集『NORTHERN』(2002年)に纏められ、またその後、操上は足繁く北海道へ向うこととなります。
斜里駅から電車に乗った、海岸線を網走までゆったりと移動する、誰もいない電車の中で女学生がひとり眠っている、彼女は夢の中を翔けている。
流氷がどこまでも続いている。月に照らされた雪原のように冴え冴えとした流氷の海が一瞬暗転して闇に変る、断続的にトンネルが続く海岸線、永遠に続く映画のコマ落としのように夜と昼とが入れ変る。夜、闇に映った自分の額をみつめ、昼には流氷を眺めて走る。目の前を時がスローモーションで去っていく。「END OF DREAM」、私はロバート・フランクの流氷を撮った作品につけられた詩を想った。
毎年、氷は解け、風と潮は海の方へ
壊れてしまったものの破片を連れていく。
それはまた待っている人の肖像だ
次の春を次の春を次のビジョンを……
次の夢を……
ロバートは大きな手を窓に押しあて流れ去ってゆく風景を見つめたまゝ動かない、親父を想わせる彼の大きな背中に、私はそっとカメラを向けた。
操上和美、「北の風景」、『NORTHERN』、スイッチ・パブリッシング、n.p.
翌1995年2月に横浜美術館で開催されたフランクの回顧展「ロバート・フランク:ムーヴィング・アウト」の図録の年表には、「1994年4月北海道」と記されています。北海道への旅を「ホリディーだと云って喜んだ」フランクもまた、このかけがえのない時間に思いを捧げていたのでしょう。