タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムは、11月1日(金)から12月21日(土)まで、奈良原一高個展「星の記憶」を開催いたします。1956年に「人間の土地」で鮮烈なデビューを果たした奈良原は、1960年代にヨーロッパ、70年代にはアメリカと場所を移しながら、様々な場で繰り広げられる文明のあらゆる側面-「文明の光景」を独自の巨視的な視点で捉え、詩情豊かな「パーソナル・ドキュメント」の表現手法で日本写真史における新時代を切り開きました。本展では、1970年から4年間のアメリカ滞在において奈良原が敢行したアメリカ横断旅行の中で撮影された作品を中心に纏められたシリーズ「星の記憶」より、約9点を展示いたします。
亞成層圏の高みからアメリカ大陸を見下すと、火星の運河のような亀裂が見える。アスファルト・ハイウェイが砂漠や草原の中を走っているのだ。東から西へ、その黒い稲妻は時差3時間の空間を引き裂いている。この稲妻の道を辿って、曽つて様々な民族が幌馬車を駆った。見渡す限りの平原、丘や渓谷、森や川岸、それぞれの土地にそれぞれの足を留め、そこに住みつくことを決めた彼等の決断の理由はいったい何だったのだろう。それよりずっと以前、氷河期に陸続きだったベーリング海峡を渡って、西から東へとアジアから移って来たアメリカ・インディアンたちはこの大陸の木や鳥や魚や星に普辺的存在としての精霊を見た。彼等が自分たちを自然の一部と感じる程に、透きとおる霊気におおわれたこの大地は荒々しくも美しかった。いま、黒い稲妻はそのような宇宙的・精霊の国とモダン・タイムスをメビウスの輪のように継いでいる。
そして、このメビウスの国の1ドル紙幣の裏には奇妙なピラミッドが描かれていて、その上にはひとつの眼が星のように輝いていた。そこに記されているラテン語はNOUVUS ORDO SECLORUM、世界の新しい秩序。ANNUIT COEPTIS、COEPTISの時代。COEPTISは古いエジプトの王、彼の時代の書に新しい世界の始まる未来の時が予言されていた。そして、それはアメリカ合衆国誕生の日と奇妙に一致していた。1950年7月4日夜、ミサイル試験地域ホワイト・サンズでダニエル・W・フライは着陸したUFOに乗船、時速1280キロ、巡航高度56キロ。
奈良原一高『星の記憶』PARCO、1987年、n.p.
宏大無辺なアメリカ大陸に、宇宙の真空を思わせる底知れぬ「水のない海」を見た奈良原は、神秘的な自然の光景と、その中に生きる人々のあり様、そして人為的に成立した国家(man-made nation)としてのアメリカ像を、丹念な観察と考察をもって印象的に捉えています。アメリカ滞在の成果は、帰国後に『星の記憶』(1987年)を始め、『消滅した時間』(1975年)、『生きる歓び』(1972年)、『ブロードウェイ』(1991年)といった写真集に纏められたほか、アメリカのギャラリーでも個展を開催しました。「世界の32人の偉大な写真家」として雑誌に紹介されるなど、海外メディアでも取り上げられ、一連の発表は奈良原の国際的な評価を一層高める契機となりました。