この度タカ・イシイギャラリーは、10月19日(土)から11月22日(金)まで、竹村京個展「Madeleine. V, Olympic, and my Garden」を開催いたします。タカ・イシイギャラリーでの3年ぶりの個展となる本展では、新素材である蛍光シルクをもちいた刺繍、ドローイングと刺繍からなる最新作より11点を紹介します。
来年に東京オリンピックを控えて、地価がオリンピック後下がるなどと言われたりしたこともうちの庭が早々に売られる引き金のうちの一つだった。
札幌に住んでいた時のこと。雪の降ったあと、道路に積もった雪を脇に寄せてできた高く白い道、私はそこを歩いて幼稚園に通いました。この雪の山の下には私の自転車が次の春まで眠ることになりました、前の日に倉庫に片付けなかったばっかりに。父に連れて行かれたスキー場のうさぎ平で転んだ時の雪の味は今でも思い出せます。手のひらに落ちてきた雪の結晶はとても綺麗でしたがすぐに消えて無くなりました。薄眼を開けて前をみないと雪が目に入ってくるので、思い出す冬の風景は一枚布をかぶったようです。大人になって友達と行ったモンテローザでは強い日差しを除けるために顔をハンカチで覆って滑っていると息苦しくなり、初めて空気の薄さに気づきました、それまで空気が薄くなるほど標高が高いところでスキーをしたことが無かったのです。
アスファルトの道路の穴埋めに使われたピンク色の何かが妙な華やかさを添えていたサラエボ。19の頃友人のA.S.と旅をしたバルセロナで熱を出して倒れ、20の頃行ったパリでは大雨の水の通路を作る為か車道の脇に筒状にした布が置かれていて歩道まで水が溢れずに済んでいるのを見ながらも同時に思い出すのはカーテン越しに透けて見える窓辺の室内でした。
バラバラになっていた感情と時間を可視化させたのが今回の作品群です。こんなことを何かに置き換えて、うちの庭がなくなってしまったことに決着をつけたかったのだと思います。
竹村京
群馬県立近代美術館での展覧会に際し制作された「Time Counter」(2019年)は、竹村が絹糸という素材に出会った翌年に試みた、自身の時間を取り戻すという、一定の幅を縫い続ける作業から生み出されました。東京にあった実家の取り壊し、両親の高崎への移住を経験した作家は、本作を通じて東京と高崎、過去と現在をオーバーラップさせ、実家の庭にあったイチョウで染めた絹糸、そして群馬という新天地でめぐり合った発光する絹糸を用いることで、記憶と時間を作品化しています。
本展タイトルにも通じる「Olympic my Garden」(2019年)では、これまで竹村が過ごした土地や家族との記憶に深く残る庭の木々が幾何学模様となり、ペインティングと色に関する問題が考察されながら、作品は更なる時間軸を行き来し始めます。それは、日本の着物の構成法から着想を得たバイアスカットから、古代ギリシャのスタイルまでも優雅に操ったマドレーヌ・ヴィオネによるデザイン要素と共鳴しながら、鑑賞者を絹糸の先にある、今は目には見えないある場所へと導きます。また、時間と色彩の記憶を織り込みながら描かれたドローイングと刺繍からなる図形ひとつひとつは、マルセル・プルーストの小説で幼少期の記憶を鮮やかに蘇らせたプチ・マドレーヌのように、竹村が幼少期を過ごしたオリンピック村の輪郭を軽やかに浮き上がらせます。
「世界の共通言語」を探し続けてきた作家が、また再び世界と繋がるために描き出した作品群、そこから立ち現れる過去・現在・未来が交差する景色を是非この機会に、ご高覧ください。