当館では、これまで館蔵作品を中心に李 庚、陳 允陸など伝統的中国画の流れを汲み現代中国及び日本の画壇で活躍する作家の紹介をしてきました。それと併せて現代中国の画壇を理解する上では西洋画(油画)での表現方法を追求する潮流も見逃せないもので、そのなかでテンペラと油彩の混合技法を用いて2000年当時、すでに広く注目を集めていた 李 暁剛を当館において採り上げ、紹介いたしました。
李暁剛は1958年北京に生まれました。文化大革命の余韻が残る1980年代前半に入学した北京解放軍芸術大学絵画科では、ロシアのアカデミックな美術教育に基づく「社会主義リアリズム」と徹底的な写実表現を学んだといいます。そこでは自己の内面表現や個性が評価されない傾向にあったことも後に述懐しています。
卒業直後から中国美術展などで入賞を重ね、北京オペラ劇場で舞台設計を担当しながらパリ美術大学において西洋画の基礎を学んでいます。1988年に福岡県立美術館で開催された「中国油画展」への出品を経て1989年に渡日し、1993年からは制作の傍ら大阪教育大学大学院で前田律夫教授のもとでテンペラを研究しています。その後は小磯良平展での入選をはじめ白日会展や日展などで着実に実績を重ね、日展では審査員を務めています。
李の絵画表現については、テンペラの技法を使用した初期のチベットを中心とした中国少数民族をはじめとする作品の精緻な写実に基づく人物描写には、渡日後に接したA.ワイエスやスペイン・リアリズム、高山辰雄に大きな影響を受けたと自身は語っています。また、塩田昌弘は、特に人物画において、小磯良平展入賞作品の「海からのメッセージ」以降に多用される、主要モチーフの写実性とその背景の抽象性に注目し、中国工筆画と写意画の伝統を李独自の視点で止揚し表現したものとも指摘しています。
李は現在では、2001年に描かれた世界最大級のテンペラ画とされる大阪天王寺の古刹一心寺の高さ10m×幅25mの大壁画「雪山弥陀三尊図」で試みられた点描による描写をさらに推し進め、本展にも出展されている「ベンチ」、「猫」、「モデルB」など従来の写実表現に囚われない力強い筆触の作品も次々と発表しています。
前回展から20年を経て、白日会展や日展をはじめ着実に実績を重ね、また、北京中央美術学院などでヨーロッパ古典絵画について繰り返し研鑽を重ねながら、迫真の写実と抽象性が組み合わされた独自の視点とともに、中国少数民族を丹念に、また独特の感性で描きあげ、「ラブラン寺の僧侶たち」にみる淡々と、しかし力強く積み重なる日々の営みの一瞬の輝きを切り取る技術など、一層深まった李ならではの作品世界を紹介します。