タカ・イシイギャラリーは、メキシコ・シティを拠点に活動するアーティスト、マリオ・ガルシア・トレスの個展「ともに時を落ちていく」を開催いたします。タカ・イシイでの4度目の個展となる本展は、サウンド・インスタレーション作品、ペインティング作品、ヴィデオ作品といくつかの過去の記録文書から構成された、偶然の一致、記憶、終焉、反復、過渡期の瞬間についての展覧会です。
1981年ロサンゼルス - 最後の試合に臨む前、当時39歳のモハメド・アリは、高層ビルから飛び降りようとする男を説得して彼の命を救いました。同年同じロサンゼルスで、ロックミュージシャンのエディ・ヴァン・ヘイレンが、後に大ヒットするシンセサイザーを用いた楽曲『ジャンプ」を作曲しました。その後しばらくの間他のバンドメンバーがこの曲を受け入れず、彼は苦労することになるのですが。
この楽曲が以後のヴァン・ヘイレンのイメージを一変させ、ハードロックバンドから商業的ロックバンドへと移行することになろうとは、誰が予想できたでしょうか? そのメロディーが日の目を見るのは、彼らのプロデューサーがヴォーカルのデヴィッド・リー・ロスを説得した1983年のことでした。ロスは、前の晩にテレビで見た、ビルの高層階から飛び降り自殺を試みようとする男の話を題材に歌詞を仕上げ、楽曲を完成させました。『ジャンプ』は1984年1月に発表され、その新作アルバムのツアーの後、ロスはバンドを脱退します。このヴォーカリストがバンドを去るまでに、ヴァン・ヘイレンは日本で母国アメリカに次いで2番目に多い9回の公演を行いました。
ガルシア・トレスの紡ぐ物語はこうして始まり、そこで語られる一連の出来事はすべて重なり合い、また興味深い偶然の一致をみせます。本展で発表されるヴィデオ作品によって、作家は哲学とポップ・カルチャーを織り交ぜつつ、時間そして人生の限りない多面性を説き起こします。ヴィデオの途中、この作品を通して描かれる主体がその日常を変化させようと考えた時、時間が人生を変えるのか、あるいは偶然の一致が思考を変えるのか、不明確になる瞬間があります。このヴィデオ作品と供に、増田哲治氏の協力を得て製作されたアナログシンセサイザーや、ヴィデオ作品のコンセプトから着想を得た複数のペインティング作品、そしてヴァン・ヘイレンの来日時の記録文書が展示されることにより、作家が「ミュゼオグラフィカル・エッセイ」(美術館・博物館の展示形式を用いた視覚的エッセイ)と呼ぶ空間が立ち現れるのです。
この20年間のガルシア・トレスの作品は、アートと大衆文化の物語の隙間を映像、写真、立体を含む多様なメディアを用いて詩的に綴ってきました。彼はこれまで探究されてこなかった歴史の側面に着目し、事実とフィクションとの間に驚くべき平行関係を導き出し、また両者の間の対話を演出してきました。こうして彼の作品群は、私たちの記憶や理解に潜む曖昧さや食い違いを浮かび上がらせ、現在我々が直面する問題よりもさらに広範囲のさまざまな課題について再考を促しているのです。
ガルシア・トレスは1975年メキシコのモンクローバ生まれ。現在メキシコ・シティを拠点に活動。2005年、カリフォルニア・インスティテュート・オヴ・ジ・アーツにてMFA取得。近年の個展として、ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス、2018年)と現代美術センターWIELS(ブリュッセル、2019年) による共同企画、フォートワース現代美術館(2015年)、ペレス美術館(マイアミ、2014年)、プロジェクト・アーツ・センター(ダブリン、2013年)、ソフィア王妃芸術センター(マドリード、2010年)、アムステルダム市立美術館(2007年)などがある。マニフェスタ11(チューリヒ、2016年)、第8回ベルリン・ビエンナーレ(2014年)、ドクメンタ13(カッセル、2012年)、サンパウロ・ビエンナーレ(2010年)、台北ビエンナーレ(2010年)、横浜トリエンナーレ(2008年)、ヴェネツィア・ビエンナーレ(2007年)など多くの国際展に参加している。