「縫う」ことの意味
絵画や彫刻といった伝統的なジャンルからオブジェやインスタレーション、さらにコンセプチャルアートへと展開していった現代のファインアート。20世紀のモダニズムを超えて、いま現代アートの世界では、表現素材の自由さに、驚くべきものがある。しかし、テキスタイルアートの世界では、多くの作家たちが布にこだわり、さらに染めや織りといった技法に執着してきた感がある。
伝統的な素材から解き放たれ、限りない完全なる自由を求めた現代のファインアートの世界。それと比較するとテキスタイルアートは、少し異なるようにもみえるのは、素材と技法へ関心と美への執拗さだと言える。
古来、布は人類において最も身近な素材として暮らしの中で利用されてきた。20世紀美術において、なんでもありを容認した現代のファインアートの世界において、素材と技法にこだわるテキスタイルの意味とは何なのか。テキスタイルアートの作家にとって素材と技法とは、布そのものへの愛着であり、手作りの自在な表現への憧れでもある。それは布という日常を非日常の世界に置き換えること、これこそが暮らしの中の布をアートとして新たに創造することだと言える。
「染め織り」に代表されるテキスタイルの技法から、ある意味で逸脱した「縫う」という行為は、テキスタイルアートというよりは、現代のファインアートの領域を意識させる。それは「縫う」という行為自体が、作家にとって精神の解放であり、自由な感性表現の探求にほかならない。日常的な布たちが、非日常的な世界を演出する時、私たちは驚愕と共にその独創性に感銘を受ける。「縫う」ことの意味は、テキスタイルのアーティストにとって素材や技法への愛の深さと共に生きる喜びを感じる瞬間だともいえよう。
加藤義夫(キュレーター/美術評論家)