世界的建築家として知られる安藤忠雄氏が設計を手がけた兵庫県立美術館は、西日本最大級の規模を誇る。また、同館の蓑豊現館長は、長年にわたり磁州窯の研究に精を尽くし、中華圏の文化に対する造詣を極めたうえ、美術における開けた多元的な視野を持つ博識者だ。同じく安藤氏によるランゲン・ファンデーション(ドイツ)で、2010年に展覧会を果たした蘇笑柏は、日本で最新シリーズを発表すべく、時を経て縁ある兵庫県立美術館で「無時無刻―いつ、いかなる時も―蘇笑柏展」を開催する運びとなった。展示空間の設計は、かつて安藤忠雄建築研究所に勤め、現在はプロダクトから都市まで分野を横断した建築活動を行う、noiz(ノシャオバイイズ)の豊田啓介氏によるもの。
1949年中国の湖北省武漢市に生まれた蘇笑柏は、中央美術学院油絵研修コースで画技を修得。1987年、ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州が交付する奨学金を受け、国立デュッセルドルフ美術アカデミーの研究生、マスター課程で更なる研鑽を積んだ。蘇笑柏は生漆と絵画の間で対話を重ねながら、文化体験を超える自然な吐露へと絵を転換させていく。それぞれの作品がみせる厚薄の対比、時の積み重ねがつくりだすレイヤーとマチエール、緻密に描かれた絵の表面は、引き込まれる彫刻的な奥行きに満ち、悦びに溢れ、神秘をも暗に示している。殻のような肌合い、たおやかな円弧状の縁、摩耗からなるヒビ模様など、これら全てはメディウム自身がもつ条件に依拠し、己の歴史または個性をもった、いわば自立した存在である。蘇の作品はビジュアル言語や芸術という概念をもって、哲学から日常の普遍的なテーマを浮かび上がらせる。彼が手がけるアートは"実存”の体現であるがゆえに、その他のものは描いていない。
本展のタイトル“無時無刻"とは、作家の創作状態そのものを言い表している。蘇にとって何かをクリエイトするとは、ただアトリエの中で行われる営みではない。絵画制作とは、顔料を塗り重ね仕上げていくプロセスに留まらず品や趣きを反芻し、温め、構想する時間をも含む。作画に一定の法則性などなく、多くの場合、作家は全身全霊をかけて仕事に取り組むまでだ。作品が最終的に行き着く先は、人力の成し得るところではなく、自然の流れに委ねるしかないのである。これに対し蘇笑柏は「物語はストーリーを欲する人に残してあげましょう。私は少しの光、平面の上に戯れる僅かな起伏と、若干の色彩、そして流動さえあれば十分なのです」と語っている。