井上長三郎は1906(明治39)年に神戸市で生まれ、1995(平成7)年に東京で没しました。東京の谷中にあった太平洋画会研究所で学んだころから、靉光、松本竣介、鶴岡政男らと親交を結び、社会的関心の旺盛な青年画家として、激動の昭和初期を背景に制作活動を開始しました。戦中に示したこの画家の気骨の一端が「新人画会」の結成となり、この画会の存在は、多くの識者に戦後美術の起点と位置づけられるような重い意味をもちました。
戦前は主に独立美術協会で、戦後は自由美術協会を拠点に日本アンデパンダン展や平和美術展などに出品し、社会問題を鋭く突いた諷刺絵画をユーモアまじりに描きだして、面目躍如たるところを示しつづけました。そのため、一般的には風刺画家としての印象が深められています。
しかし、薄塗りの色彩の気品豊かな発色のなかに独自の画風をつくり、「少女」や「牛」、「壺」を描くときの美しさ、井上独特の奔放な描線による風景や静物、人物のもつ造形的なしなやかさは、日本の近代美術が獲得した大きな成果だということもできます。
暗澹たる時代を良心的に生き、絵画制作に心血を注いだ画家の軌跡を充実した回顧展として、認識を新たに、正当な評価を加え、世に問いたいと考えております。
本展は油彩画を約70点、水彩・デッサン約50点、その他彫刻や資料なども含め、23年ぶりに独創諧謔の画家・井上長三郎の全貌を紹介するものです。