村上友晴(1938~)は、目黒区在住の日本を代表する現代作家、独自の世界を貫くその姿勢から生まれた静謐な絵画に対して、昨今国際的評価がさらに高まっています。
目黒区美術館では、村上のこれまでの制作の中で、要ともいえる作品を所蔵しています。初期の版画集《PSALM Ⅰ》(1979年)、村上を代表する黒の絵画《無題》(1980・1981・1982年)、《無題》(1985・1986・1987年)、紙に赤と黒の石版による《東大寺修二会》(1990年)、白い紙にドライポイントとニードルによる《十字架への道》(2001年)。本展では、当館所蔵の当館所蔵の作品を中心に新作を加えて構成して、村上作品の世界に触れていきます。
村上は、福島県三春町に生まれ。幼少期は、東京上野界隈に住み、東京国立博物館を庭として親しみ、日本の古美術にも触れています。特に「墨」の表現に興味を持ち、東京藝術大学では日本画を学びますが、1961年に卒業した後は、黒い油彩を用いた絵画世界を追求し始めます。終始一貫しているのは、この黒い絵具を物質として、筆を使わずペインティングナイフで注意深く、密やかに絵具を置きながら画面を作り上げていく姿勢を持つことです。この仕事は、1960年代から現代まで続いていますが、1990年代には紙の仕事に変化が現れ、あらたな表現が展開していきます。それは、白い紙のわずかな厚みの表面に鉛筆やニードルでデリケートな痕跡を残した繊細な作業で、削っていく、消していく、ともいえるその表現は、黒い作品とは対照的であるものの、あたりの空気や光を吸収するほどの力を備えているところは共通しています。
生きるために描く、呼吸をすることと描くことが同じことのように、村上は画面に向かいます。その、静謐で凛とした画面を凝視すると、描き続ける行為として画面に刻まれた気の遠くなるほどの長い時間が、絵具のマチエールの間に折りたたまれていることが見えてきます。作品に向き合う村上の、祈りにもたとえられる深い精神世界を紹介していきます。