タカ・イシイギャラリーは、前田征紀の新作展「溌墨智異竜宮山水図」を開催いたします。タカ・イシイギャラリーでは6年ぶり3回目の個展となる本展では、最新作6点を展示いたします。
本展タイトルにある「竜宮」は、龍神が住むという想像上の宮殿で、その場所の多くは岩穴の奥や海の底、もしくは海の地平線の彼方にあるといわれる。『古事記』によると「魚鱗のごと造れる宮室、それ綿津見の神の宮」とある一方、『平家物語』では、死者の赴く世界(巻11「先帝御入水の事」)のように記されている。現在、作家が暮らす京都北部の里山は古代、大陸の百済から人が渡来し開村したと言われ、百済から北緯35度沿いには竜宮伝説がある。また、龍について別の視点から考察した前田は、それは縄文時代の精神であり、古代に封印され、いま解放されるものだという。そして、里山の奥にある谷の草葺屑屋の住居とアトリエを、この世とあの世のあわいのようなところと感じた前田は、そこを「竜宮」と名付けた。今回の個展では、その竜宮と山里にある水、水晶まじりの石、屋根の茅、囲炉裏の灰などを用いたインスタレーション作品を発表する。
今回の作品を『溌墨智異竜宮山水図』、『溌墨智異竜宮瀧図』、『溌墨水囲炉裏』などと名付けたように、本展は水を通し、あたらしい“波動の光景”を現出させる試みとなる。石・岩・磐(イワ)の語源は、「イワウ(イワフ)」、「祝う」に発する。「イワウ」は、神を祀ることを意味し、石は地上にありながら、地下から湧出する生命・霊魂の威力を包み込んだ存在で、地下に眠る霊魂の象徴でもあり、神の依代と考えられた。竜宮の地から掬い上げられたその石は、墨を溶かした川水をくぐり、地の波動の藁でできた和紙に伝えることとなる。和紙の原料となる藁は、紙漉士の手を介し紙となり、前田による石や墨の動きで具現化されていく。自然と人の活動で紡ぎ出した純粋な依代に、竜宮の精神的な空間が鑑賞者の前に表出される。
古代の日本では、自然崇拝が本質とされていた。自然なるものすべてに神の遍在をみるもので、山も海も川も神であり、太陽も月も星も、雨も風も雷も、そして季節や時間も神である。すなわち、この世界、この宇宙に神ならぬものはなく、神とともに在る、という思想であり、前田の作品群は、これらの“神々”と人の活動によって現出する形の数々と捉えることができるだろう。こうした古代に通じる思想の片鱗を前田の活動と作品を通して感じることができる。