拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
児玉画廊(白金)では8月18日(土)より9月15日(土)まで、和田真由子「余暇」を下記の通り開催する運びとなりました。和田はこれまで「イメージにボディを与える」というコンセプトに基づいて、絵画のあり方を根底から問い直すようなアプローチで、従来の平面/立体に対する既成概念では理解が及ばない新たな地平を切り開いてきました。その個性的な観点を段階的に発展させつつ、常に鑑賞者の目を驚かせ続けています。観客の受容力を試すかのようなハイコンテクストな普段の和田作品から一転して、自虐的とさえ思える遊び心に溢れた作品も多数制作しており、その多くはこれまで展覧会の表舞台には登場してきませんでした。今回の個展では、敢えてその和田の舞台裏的制作にフォーカスし、視点を変えて和田の思考を別角度から示そうと試みるものです。
和田の作品は様々な形態、様々な手法をとりますが、いずれにおいても、馬、ヨット、鳥、建物、これら特定のモチーフを繰り返し描いてきたのは、それはあくまで和田にとって単純に好みの対象であると同時に、「イメージ」に対する自らの論理的思考を一貫性を持って明確に視覚化するために最も適した題材であったからです。大前提として、まずは和田が「イメージ」を持ちやすい対象であること、そして、和田の頭上に現れた「イメージ」の強度や構造的解説に適した対象(建物などは特にその点が強い)であること、前述の幾つかはその条件を満たすモチーフであったということです。では、そうでない作品とは。
過去作品や習作などの非展示作品を作家への理解を深めて頂くために来場者に見せることがよくありますが、和田の場合は特にそのコンセプトへの理解が重要であるために、これまでの個展ではいずれも新旧に関わらず多くの作品を展示室の裏側に常備して積極的に見せてきました。近年は、そうした中でも食べ物をテーマにした未発表作品や、習作に近いライトな作品の数々も密かに人気を集めていました。これまでに6Pチーズ、鮎餅、鮨、プリンなど、和田の嗜好に合わせて様々な作品が生まれています。これらは、展覧会発表用の制作に並行して、作業が煮詰まった頃合いにふと気分転換をするように、別の思考や欲求を頭に入れる作業の産物であると和田は説明しています。疲れて空腹を感じた時に頭をよぎる好物のイメージ、それは時に鮮烈なヴィジュアルを和田の脳裏に浮かび上がらせるのでしょう。例えば鮨を題材に取ったものであれば、シャリの質感は紙粘土ペーストを使い白米らしき厚みとざらつく質感を表現し、その上に乗せられたネタはきちんと切り身の立方体(位相幾何学的)としての造形を透明マットメディウムによって驚くほど巧妙にトレースしています。ここでも、普段の制作と変わらない、平面ながらに存在しうる空間的構造をその整合性をもって真剣に表現しているのです。
今回の個展では、そうした食べ物モチーフの作品や、従来通りのハイコンテクストな内容を引き継ぎつつもやや軽めのアプローチ(サイズ面でも)の作品に絞って構成されます。「余暇」と作家自ら掲げているように、本来的な制作の本流とはアティテュードがそもそも異なるものではありますが、しかし、その余興的な作品においてさえ徹底される「イメージにボディを与える」という大命題が、和田の中ではもはや否定することなど肯ぜない絶対的真理であることを、逆に強く示しているとも言えます。思考と制作の隙間にまろび出るこうした小さな作品は、得てして作家の本質を捉えるものです。和田のこれまでの制作をシリアスに追って頂いている方々にも晩夏のちょっとした思考的余暇を和田と共にお楽しみ頂ければと存じます。
つきましては本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
敬具
2018年6月
児玉画廊 小林 健