「私が見いる風景は、私が見ているように本当にそこに存在しているのだろうか。」
私が今見ているものは、私とその対象との間に存在する湿度、またはその場所の匂い、またはそこで聞こえる音を通して、こちらへやって来ます。それは不安定でまるで半透明なゼリー状のようなものです。
私は私の知覚のあり方について語っているのではないのです。そうではなく、生活の中にある全ての事象について語っているのです。私たちがある対象を認識した時、私たちと対象との間に横たわっているものが、どれだけ私たちの認識に関わっているのか、ということです。それは対象を深く理解するということとは違います。また私たちの心の有り様で対象の捉え方が変わるということでも無いのです。そうではなく対象と私たちの間には、私たちにも対象にも依存しない、自立した何かが存在しているのです。
それは常に揺らいでいるので、私たちに不安を与えますが、少しの自由とユーモアをもたらします。 丸山直文
シュウゴアーツは2018年7月7日(土)から8月10日(金)まで、丸山直文の新作個展「ラスコーと天気」を開催いたします。
丸山は1964年新潟県生まれ。1986年より東京を拠点に制作を行い、1990年代以降の日本の重要なペインターの一人として第一線で活躍を続けています。
いわゆる様式としての「絵画の終わり」ではなく、今日の社会における「芸術としての絵画の終わり」に対する危機感を抱いているという丸山は、今回の展覧会タイトル「ラスコーと天気」に「描く」という行為の総体に対する問題意識を忍ばせています。未だにその目的や動機が正確には解明されていないという、ラスコー洞窟内の旧石器時代の壁画。そして丸山が今回のモノクローム絵画の制作に使用したラスコー社の絵の具。「ラスコー」という象徴的な名前を持つ既製品の画材を使うことで不意に思い起こされた、二万年前と現在との時間的な隔たりは、なぜ人は絵を描くのかという根元的な問いへと繋がっていきます。
本展の開催に先駆けて収録したインタビューの中で、「芸術としての絵画が終わっていくような時代の風潮の中で、一人のペインターとして何をするのか」という問いに対し、丸山は以下のように答えています。「絵画の読み方、解釈の仕方をつくっていかないと、という思いがあります。時代が変われば当然読み方も変わってくるだろうから、なぜ人が絵を描くのかということがいまだにわからないのであれば、まだ色々と引き出しはあるんだろうという気もします。」
丸山は下地処理をせず、たっぷりと水を引いた綿布に絵の具を滲み込ませる技法によって作品を制作しています。キャンバスに置かれた絵の具は水の層によって自由に広がり、滲み、境界線をなくし、やがて定着します。
丸山にとっての水は偶然性を期待してではなく断定を避けるために存在し、自由を与えてくれるものでもあれば不自由なものでもある両義的なものです。それは主体と客体の間、自分とキャンバスとの間に常にあり、天気のように、あるいは時代や情報のように、その時々の環境や雰囲気を作りあげる重要な要素であり、それゆえに水を媒介とした滲みやぼかしという技法は、丸山のものの見方や画家としての在り方に強く結びついているように思われます。
本展覧会では、ラスコー社のグレーの絵の具を使用して描かれた「水辺の風景」シリーズの新作を中心に展示いたします。デビューして30 年あまり、常に真摯に絵画と向き合い続ける丸山直文の野心的な試みに溢れる新作展にご注目頂ければ幸いです。なお本人のインタビュー動画は7月初頭に公開予定です。こちらもどうぞご期待ください。