田中克明は、1948年鳥取県鳥取市に生まれ、1972年に武蔵野美術大学造形学部産業デザイン学科を卒業し、同学科教授の佐々木達三の紹介により、デザイナーの大川繁が主宰する大川デザイン研究所に入社します。
同研究所は、秋岡芳夫、佐藤俊夫、山本孝造らが1967年に発足した「FD中小企業デザイン機構」(以下、FD)に加盟しており、田中はFDの主催する勉強会、地方の伝統的な産業の見学会に参加し、FDの中心的な存在であった秋岡や、秋岡が主宰するグループモノ・モノの運動に同調するモノプロエ芸の羽生道雄らに出会います。彼らが提起するデザイナーのあり方―デザイナーは単一の物を考案するだけでなく、物と物、物と人といった総合的な関係をもデザインする必要がある一に強く共感した田中は、自身の活動におしても、使用者の立場に配慮したデザインを一貫して実践していきます。
FDのメンバーによって結成された障害者のための用具開発グループ「RID」への参加、現在まで続く活動はその顕著な例ですが、東新プレス工業株式会社の「味わい鍋」(Gマーク中小企業商品賞、1985年)に代表されるキッチンツールのデザインやさまざまな施設のサインおよび照明計画など多岐にわたる仕事の細部にも田中の使用者への配慮を感じ取ることができます。
また、2002年の本学通信教育課程の設置において開設時より教授を務めた田中は、本課程を社会人の学び直しの場と捉え、さまざまな境遇をもつ学生が各自の目的に従ってデザイン思考を培っていけるカリキュラムの整備に尽力しました。
本展では、田中によって生み出された製品やその製作方法といった実現の過程を紹介するだけでなく、その製品のデザインを想起するまでのリサーチ、製品を取り巻く状況をどのようにとらえ、問題視したかといった構想段階にも注目することで、田中の使用者に向ける配慮のまなざしを総合的に検証します。