土門拳は‘石’が好きでした。生涯をかけてとりくんだライフワーク「古寺巡礼」の中でも、石塔、石仏、石庭など、石でつくられたものを数多く撮影しています。
自然がつくり出した石の素朴さ、力強さ、優しさと人間の表現力が一体化された「石造の美」が写真全体にあふれています。
『古寺巡礼』が数多くの石造美術で占められるようになったのは、撮影を進めているうちぼくがしだいに彼等にひかれていったからである。ぼくは石のものが好きなのである。
なかでも平安時代から鎌倉時代にいたる石塔、石仏はおおらかで、そしてやさしい。ぼくの心を一番ゆさぶるものたちである。石仏たちは、渾名で呼ぶほうが似つかわしいくらいに傑作ぶったところがない。表面はごつごつとしていかついのに、決して見る人を射辣めたりはしない。ほのぼのとした温い感触を与え、顔を合わせる人たちに安らぎをさえ覚えさせるのである。大寺の伽藍に保護された木彫仏、金剛仏と異なり、ほとんどの石仏は露仏である。彼等は何百年来、降る雨、吹く風に身を任せながら、村人たち、道ゆく人たちに会釈してきた。何度風に倒されそうになったことだろう。何度雨に打たれたことだろう。風化侵蝕は年々深さを増していくが、その静かに立つ姿、やわらかい表情はいつまでたっても変わることがないのである。
(土門拳『古寺巡礼』第4集(1971) 「石仏たち」より一部抜粋)