中山道板橋宿上宿の岩ノ坂には、男女の悪縁を切るという信仰を伝える縁切榎があります。この榎は文久元年(1861)に和宮が降嫁した際に、行列がその障りを避けるために回り道をしたことでも有名です。江戸時代以降、人びとはこの榎に小絵馬を奉納し、その願いが成就することを祈っていました。
同じく板橋宿中宿にある遍照寺には、境内に隣接していたという馬つなぎ場や馬市の姿を思わせる「馬」を題材とした小絵馬が残っています。これらは街道や交通に関連する信仰資料として区の文化財に登録されています。
このような小絵馬と同様に、人びとの信仰の姿をあらわす資料として御札があげられます。安政3年(1856)に作成された徳丸本村諸勧化控帳(「安井家文書」)からは、遠くは出雲大社や金毘羅神社、出羽三山などから僧侶や御師が徳丸本村を訪れ、配札をしていた様子を窺い知ることができます。また徳丸脇村にある粕谷尹久子家からは、その時に配られた御札そのものが多数発見されており、当時の信仰圏や配札の実態を示す歴史民俗資料として大切に保存されています。
そこで、今回の展示会では、当館が所蔵する区内に関連する小絵馬と区内の旧家から発見された御札を基礎として、区ゆかりの絵馬研究者であった故北条時宗氏のコレクションを中野区立歴史民俗資料館から、また稲村坦元コレクションを中心とする小絵馬資料群を江戸東京たてもの園からそれぞれご出品いただき、描かれた庶民信仰の姿を考察していきます。そして、江戸から現在にいたる過程のなかで次第に失われつつある庶民の祈願について検証していきたいと考えます。