1830年代後半からオノレ・ドーミエ(1808-79)はいち早くパリの都市生活に取材し、人々の暮らしぶりを活写しました。“現代性”(モデルニテ)を帯びた一連の風俗諷刺画は、バルザックやボードレールといった文学者から称賛されたばかりでなく、リアリスム絵画の嚆矢となりドガやロートレック等後進の画家にも影響を与えました。
真実を捉える眼差しは、日々のニュースだけでなく人物描写にも遺憾なく発揮されます。当時文学の世界で流行した「生理学もの」にならい制作された連作《観相学画廊》(1836-37)や《パリっ子のタイプ》(1839-1843)では、パリっ子の様相や特徴をコード化するにとどまらず、動きや視線を交えて感情豊かに表現しています。そこにはよそ行きの顔ではなく、気どったり、眉をひそめたり、驚いては顔をしかめる素の表情が刻まれ、人間の本質そのものが照らし出されています。
─ ドーミエの笑いは率直にして闊達、彼の情け深さの徴(しるし)さながら輝き渡る─リアリズムの擁護者だったシャンフルーリーのこの言葉が示すとおり、パリっ子の表情を生き生きと描写した「しかめっつら」には、ドーミエの天賦の才と魅力が詰まっているといえるでしょう。
本展では、醜さをも魅力に変えた風俗諷刺画約100点を4つの連作を通してご紹介します。
ドーミエの面目躍如たる人物表現をご堪能ください。