藤本由紀夫は1950年に名古屋市で生まれ、2001年と2007年にヴェニスビエンナーレに出品、同年に国立国際美術館、西宮市大谷記念美術館、和歌山県立近代美術館にて同時個展を開催するなど、関西を中心に国際的な活動を続けています。
70年代を音楽スタジオで過ごした藤本は伝統的な美術表現の外からやってきたアーティストです。「音とモノ」を出発点とし聴覚、視覚、嗅覚、触覚を喚起する独創的な作品の数々を制作してきました。
藤本は幼少期より自宅で父親が使わなくなったカメラ、映写機、オープンリールのレコーダーなど50-60年代に最先端であった機器をおもちゃ代わりにして過ごしました。遊びの延長でテープの音を切り繋いだり、ラジオのノイズを録音していた経験は、後年当時としては珍しく全室スピーカーの設備が備えられた大阪芸術大学の電子音楽のコースへ進むきっかけでもありました。電子音楽もアナログからデジタルへの移行期を迎える頃「スピーカーから発する音が全て等質に聞こえる」経験をした藤本はやがてスタジオを出ます。そして再び自宅で藤本が見つけたものはおもちゃのオルゴールでした。大きな音を作ることから小さな生の音を聞くことへの転換における新鮮な驚きと共に、音とは共鳴する空間そのものである、という気づきはその後の制作に大きく影響を与えます。また幼少の頃よりそうとは知らずに印象付けられていたマルセル・デュシャンの世界に足を踏み入れ、さらにジョン・ケージを見直し検証するに至ったのもこの時期のことです。
1990年には目に見えないが空間の中に存在している気配や振動を聞く装置、EARS WITH CHAIRを発表しました。二本の長いパイプの筒を通して耳の形を変形させたような状態で、通常気がつかないで過ごしている周囲の音が増幅されて聞こえてくるこの作品は、オルゴールやパイプのような大量生産されたレディメイドを用いる一方で、作品を通じて発見されうる外界への新たな認識手段を鑑賞者それぞれの感覚へ委ねるという藤本作品に共通する態度が窺えます。
2011年に始まったTHE MUSICはシェーンべルクの十二音技法に基づき、反転、逆再生、iPhoneアプリによる偶然性などの要素によって4つの面に36個のオルゴール音をとりつけたもので、鑑賞者が演奏することで成立します。
2016年にシュウゴアーツ・ウィークエンドキギャラリーで開催された展覧会では、レコード盤上に石炭が敷き詰められ、鑑賞者がその上を歩くことで音の演奏者になるBroom(Coal)のインスタレーションが好評を博しました。
今展では54個のオルゴールが1音ずつ音を奏でる代表作STARS(1990年作)を新しいシュウゴアーツの空間において配置します。タイトルのSTARSは夜空に浮かぶ一つ一つの星をつなぎ合わせ星座の物語を作った人間の視覚認識に基づいており、1音ずつランダムに発生する音を頭の中で和音に構成しなおし、パターンやメロディーとして聞かずにはいられない人間の聴覚の可能性を示唆します。世界を生成し、存在させているのは他ならぬ私達自身であるのかもしれません。さらに新作の展示を含め、東京で藤本由紀夫作品を体感する貴重な機会となっておりますのでどうぞご期待下さい。
シュウゴアーツディレクターズ 2017年10月