水野朝さんのこと 竹内浩一
朝さんと会うと心がおだやかになる。親しくなって三十年はたつのだろうか。彼女の邪心のない絵は魅力的だ。天性の才能だろうか、イマジネーションは湧く水のように途絶えず神羅万象に向けられた慈しみの眼差しからつぎつぎと絵が生まれる。明るい色の塗り重ねからのハーモニーが心地いい。造形も直感のセンスが不思議な絵柄を構成する。確かに師の中村正義に大きな影響を受けている。だが、反骨精神を具現化する奇想のおどろおどろしい絵とは違う。一休の狂乱や明末清初の八大山人の諷刺でもない。朝さんの絵は独自であくまで自然だ。初期の作品「黄色いさかな」や後年の「佛様」そして「父」は印象深い。詩がいつも絵と共にあるのも心をなごませてくれる。日常の生活感情の一片がピックアップされている。何でもないものたちに歓びそして哀愁をこめる。そんな中にメッセージ性のつよい詩があるのに驚かされる。道理に反することは許せないだろう、そっと、師ゆずりの正義感がうかがえる。達観した心情が伝わってくる詩があった「あれか、これか、あれも、これも」禅の問答のような九識の境地がみられる。何時だったか、円山公園にある龍馬像を描きに行くので帰りに画室を訪ねたいと電話をもらった。二日間かけ何十枚もの龍馬像と公園界隈の寸描をみせてもらった。リズムのある筆タッチは臨場感にあふれその気迫に圧倒された。ねだって一枚いただいたがいまも画室の壁に飾っている。驚いたのはそのとき足を骨折されていた。痛みを堪えての写生は何という執念だろうか。 (日本画家)