笹岡由梨子は、「絵画軸映像」という独自のアプローチで、映像の中にある絵画との接点を探るべく、絵画における「手の痕跡」とも近似した「手触り感」の残る映像作品を制作してきました。黒子が糸で操るような、ローテクな人形劇を撮影した映像に、手足や顔といった実写のパーツを合成するコラージュ的手法は、かつてのSFX(特撮)をも彷彿とさせます。そして、高性能なCG映像にはないノイズは、緻密な構成や物語とともに、私たちがどこかで見たような、けれど決して知らない独特の世界観をリアルに感じさせるのです。
本展は、笹岡が愛犬の「死」をきっかけに読み始めた「聖書」を独自に解釈し、視覚化したビデオ・インスタレーションを展示します。展覧会のタイトルでもある「command X」は、聖書の「十戒(The Ten Commandments)」と、Macのショートカットキー「切り取り(commandキー+x)」と2つの意味を内包しています。聖書を読んだ笹岡の「他国と比較して宗教観の希薄な日本人の私が、世界の人たちと繋がっているような感覚」から生まれた独自言語「ホロル語」を使った会場構成により、現実と非現実が渾然となった劇場空間が広がります。
また、笹岡が参加した「ジュネーブ アーティスト・イン・レジデンス」(スイス、2016年)では、批評家のRoxane Bovetは笹岡の作品をこのように評しています。 「多様、この一語につきる。この招待作家の仕事が非常に多岐にわたる領域に言及しているからだ。この特性ゆえに作品は、この地球上の皆と差し向かうポテンシャルを有し、想像力に訴え、古くさい文化的・社会的・物理的境界を放棄する。」
架空の物語は、象徴的なモチーフをいくつも掛け合わせることで記号が混色化され、より複雑な豊かさとクリティックなイメージとなって私たちの前に現れます。 この機会にぜひご高覧ください。