銅版画家・浜口陽三(1909-2000)は、西洋の印刷技術であったメゾチントを芸術表現に取り入れ、さらにモノクロであった技法に色彩を呼び起こしました。あざやかな赤いさくらんぼの奥の暗闇によく目を凝らすと、幾重にも色が重なりあっていることに気づかされます。その暗色は、黄、赤、青、黒の四色の版の重なりでできあがっているのです。ビロードのようにも見える暗色のやわらかさや静謐な画面は、国際的に高く評価されました。
しかし浜口は、銅版画の技法だけにこだわらず、リトグラフでの制作も試みています。銅版画では表現できないフラットな色彩をリズミカルに配したその作品は、銅版画での作品と同じモチーフを描写していながら、異なった様相を見せます。浜口の好んで用いたモチーフであるさくらんぼは、リトグラフの多彩な作品の中で、弾みながら歩んでゆくようです。
また、もうひとつの色の冒険として、浜口はシルクスクリーンにも挑戦しています。ポスターの原画として制作された、ただ1 点のみの幻の試作品を、本展ではポスターと併せて紹介します。
この秋の展覧会は浜口のリトグラフ作品に焦点をあて、さらに主な制作である銅版画約40点を加えた多彩な構成です。さくらんぼを追いかけて、色の旅をどうぞお楽しみください。