沈黙の詩が聴こえる
夕刻、灯りを落とす前、展示室を一廻りし、“異常なし”と呟き扉を閉める―帰宅前の決め事です。展示室の高い位置から照らすライトが、まぶたの下に柔らかな陰をつくっています。顔を寄せると、その奥には薄蒼く瞳が刻まれてあり、伏し目がちに静かに一点を見据えているのです。その眼差しの強さに思わずうろたえます。不意に作家の情念の芯の部分に触れてしまった気がして。口元に視線を落とします。気品と慈しみを宿した唇は細く開かれ、漏れ出るのは悠久のときを生きる呼吸でしょうか。母なる者の命の鼓動でしょうか。照明を落とせば翌朝までの闇の空間です。その間、暗い静寂の中では木彫たちの吐息が漂うのです。きっと。
佐藤 修(東御市梅野記念絵画館館長)