院展を中心に活躍した松本哲男(1943‐2012)は、画家自身が語る「三百六十度の世界」、すなわち、自らを取り囲む、前後上下左右全てを描き続けた日本画家です。松本は、描きたい対象に向き合い、納得いくまで写生を続けるという制作スタイルを貫きました。写生とは言っても、目に見える風景を客観的に凝視して描くだけではなく、「地べた」に腰を下ろしてその場の空気や風、におい、気温など全身で感じ取った自然の存在をも描こうとしました。この制作スタイルは、初期の那須の風景にはじまり、素朴で雄大なアジアの風景、《マチュピチュ》などの世界遺産や世界三大瀑布というように描く対象が大きくなっていっても徹底されました。こうして、横12メートルにも及ぶ大作《ヴィクトリア・フォールズ》や横10メートルの《イグアス》など、これまでの日本画の世界にない臨場感あふれる画面を創り上げていったのです。晩年には、主題を古代文明に拡げ、エジプト、南米などの遺跡に取材した作品を発表しました。
松本哲男が2012年に没してから、その画業を振り返る初の機会となる本展覧会では、院展出品作を中心に創作エネルギーに溢れる日本画38点、及び関連素描を紹介します。