こちらを見つめ返す印象的な絵画。日々自由に描かれるドローイング。木、FRP、陶、ブロンズ、そしてインスタレーションなど、さまざまな素材によってそこに生命を吹き込む立体作品--
奈良美智(1959-)の作品は1990年代半ば以降、国籍や文化的背景を問わず世界中の多くのオーディエンスをひきつけてきました。近年では、色彩を繊細に塗り重ねて描く瞑想的な絵画を中心に、観るものを内省へと導く精神性を備えた作品が高く評価されています。すぐれた絵画は過去から未来までのあらゆる要素をその画面に圧縮しています。奈良の絵画には、作家が出会った美術、文学、音楽、歴史、風景、人々などとの数知れない記憶が折り重なり、日々培われる感性が根元的なかたちや色面として画面に表れています。だからこそ奈良の作品に向かい合うとき、わたしたちはそこに描き出される本質的な人間の感情に自己を投影し、ときに自由や変革への意志、そして未来への希望をそれぞれに感じ取るのでしょう。
奈良が学生時代を過ごした長久手の丘陵にほど近い美術館で開催されるこの展覧会は、作家によれば30年越しの「卒業制作」。1987年から最新作までの作品100余点により作家の歩みを紹介するとともに、美術を志す前の奈良の感性を育んだレコードのジャケットや書籍などを展示することでそのルーツをたどります。
「for better or worse」、すなわち「どのような運命になろうとも」、奈良がこれまで描いてきた、そしてこれから描いていくすべての作品へむけた誓いの展覧会です。