有田巧― 人の生活、記憶の器
「戦中の地震や戦後の火災によって、出身地の鳥取も、大学生から暮らした東京も、古い建物はそう多くは存在していなくて、熊本に来てから、これまでの暮らしになかった風景だと思った」と、古い建物や町並みをスケッチし始めたきっかけを有田は語る。「のびやかでみずみずしい色彩」「紙の吸い込みやにじみも表現の一部になる」1 水彩画が合うと思ったらしい。作品に描かれた古い瓦や漆喰の塗り壁、年期の入ったコンクリートや木材の表情豊かな灰色や茶色など色彩表現の繊細さを見れば、有田の気持ちに寄り添うことが出来るだろう。
住まなくなった建物より、人の生活がある方が、描いていて楽しいらしい。留まって描いているうちに、店先や軒先から住人が顔を出して、会話が始まり、その家の記憶を、歴史を知るようになると有田は語る。
建築史家・建築家の藤森照信は、「建物というのは、…実用の器と考えられていますが、…それ以上に、「人々の記憶の器」なんです。」2 と記したが、平成28年熊本地震の被害ののちに、家々や店舗が更地へと変化した景色が、ただ通り過ぎる人々の心にさえもの悲しさを与える理由がそこにある。
有田自身も、被災後しばらくは町を歩くものの、描く気持ちには到底なれず、最近ようやく描く気持ちになったそうだ。本展では、2010年からの作品群とともに、シリーズ最新作を発表する。
注 1 有田巧「日々好日(15) みずゑ (水彩画)」、俳誌「阿蘇』2010年12月号、11頁。
2 藤森照信「建築史家・建築家から見たジブリの建造物」、「ジブリの立体建造物展」展覧会カタログ、2014年初版、2016年6刷、株式会社スタジオジブリ、18頁。