脱力したようにやわらかくとろける時計の絵を見たことがあるでしょう。
サルバドール・ダリ(1904-89)。その作品をひとたび見るや容易には忘れ難い画家です。
夢を描いたのか現実を描いたのか、知性と衝動的欲望の相半ばする奇想のヴィジョン…。
その真意はだれにも分からないけれど私には共感できる、見る者をそう思わせる不思議な作家。
スペインが生んだシュルレアリスム(超現実主義)の巨匠にして歴史に名を刻む20世紀の代表的芸術家のひとり。また作品ばかりにとどまらず、カイゼル髭に目を大きく見開いた独特な風貌で天才を自称し、エキセントリックな奇行や発言でしばしば物議をかもした男。ダリがまぎれもなく第二次世界大戦を挟む思想的混沌の時代を象徴するアイドルであり、それ以降の美術表現に大きな影響を与えた、文化の旗頭のひとりであったことはたしかです。
ダリの創作活動は絵画はもちろん、版画、彫刻、舞台美術、宝飾デザイン、映像、文筆と多方面に及びましたが、とくにその生涯に1600点を超える膨大な版画作品を制作していることも特筆されるべきことです。本展ではダリが版画制作に最も力を注いだ1960年代から70年代にかけての作品約200点を展示いたします。