光の移ろいや鑑賞者の立ち位置によって、イメージや色彩が変化し続けるーーー大庭大介は、偏光パールのアクリル絵具を使って、光とともに浮かび上がり消えていく幻惑の世界と、それを見つめる鑑賞者の時間軸とが関係し合い、静かな対話を始める絵画の場を成り立たせてきました。真珠のような淡い輝きを放つ支持体は、光量や視角の変化とともに表情を変え、作品のうちに作家が結晶化した時間が鑑賞者の視覚のなかで再び動き出します。レスポンシブな光の動きやちらつきによって絵画が自ら動き出す瞬間は、光学的な法則に従い調整を繰り返す作家の計算された方法論と、絵具が予期せぬ流れを生む制作時の偶然性によって生み出されてきました。5年ぶり3度目の個展となる本展は、現代絵画に見られる多様なアプローチを参照しつつ、これまで大庭が繰り返してきた制作における規則性と偶然性とがせめぎ合う挑戦的な絵画世界となります。
2005年以来、偏光パールのアクリル絵具をおもに使用してきた大庭の制作は、近年出会ったホログラム系の顔料によって、次なる局面を迎えます。環境光によってイメージが立ち上がるこれまでのタブローに代わって、ホログラム顔料では、光のスペクトルにおけるすべての色彩が絵画全面にわたって一度に目覚めます。新作シリーズでは、数学の関数である「X」、錯視を引き起こす立方体、拮抗する二つの円などの、幾何学的なパターンが刻まれています。絵具を塗布した支持体全面に、自作の長いスキージによって一回性の大きなストロークが繰り返されることで、作家の身体性が強調されると同時に、自らに課した制作手法とその反復のなかで生まれる局所的なノイズが、これら作品の特質をいっそう際立たせています。鑑賞者がタブローの前を歩くと、溝の進行方向に沿って、銀、緑、黄、橙、赤、紫、青と次々に色調を変えるメカニカルな光の運動が走り、制作時にとどめたマテリアルの偶然性が、大庭の絵画空間に新たな質感とリズムを与えています。
光そのものを内包してきた大庭のこれまでの明るいタブローに対して、本展では色彩を排除するかのような黒が導入され、大庭の制作における新たな展開を予感させています。黒い絵具を支持体の上に炸裂された《0NE》(2017年)や、アクリル絵具に独自の錬金術を加えることで、鉛のように鈍く輝くメタリックな質感を生んだ新作《X》など、絵画を出来事がおこる場として捉え直し、色なき世界において行為そのものに目を向けた概念的な作品へと導かれています。大庭は自身の制作について「関係、偶然性、光、次元、行為」という5つの視点を挙げます。本展では、光と影を用いて構築性の強い表現を試みてきた大庭が、あきらかな輪郭で行為をかたどる黒を用いて「偶然性」を強化することにより、「間=存在すること」というこれまでの制作主題の更新を図っています。
オプ、キネティック、アクションと、現代絵画の源流をなす構想が次々に変奏される本展は、空間と光の描写について重要な歴史的手法を参照しながら、鑑賞者を導き入れるさまざまな意図に溢れています。立方体や球体など概念化した3次元の図形が直線や曲線へと還元され、可視と不可視、存在と不在、行為と痕跡の間を行き来するとき、多次元性を示唆するホログラムや色彩を退ける黒い絵具が、より概念的な意味合いを帯びてきます。視覚が捉える物理的な法則と、目には見えない思考の法則が交差する本展は、大庭の多様な制作アイデアを統合し発展させる新たな挑戦といえるでしょう。