戦時中の疎開で長野県明科町に疎開していた中村善策は、遠い空の向こうに北アルプスの雪山が光る情景を好んで描きました。景勝地を描くことを目的としない中村にとって、何処の山であるかはあまり問題ではありませんでした。山の麓では自然林が続き、鳥や虫が鳴き花が咲き乱れ、自然の中に抱かれている境地で制作することができたのでしょう。毎年のように訪れては自分の目で写 生場所を探しました。信州は山岳地帯の懐深く、自然林の中を清流が流れ、やがて湖に出会うというスケールの大きな風景が得られます。中村はかつての疎開先であった明科町と木崎湖周辺を散策しています。
また、北海道でも大雪山や駒ヶ岳、利尻岳などを描いています。一見ありのままに描いたように見える隠健な画風といわれますが、ひとつの構図を得るために様々な角度からの検討が繰り返されており、ここにも「善策張り」と呼ばれた彼独自のめりはりの効いた構図の特色が出ています。
そしてこれらの作品には必ずといって良いほど樹木が描き込まれています。
樹木はその存在で、風景の季節感を的確に表す重要なモチーフであるといえましょう。
樹木のスケッチは楽しいもので、都会や郊外、山村とそのいずれも問わず取り組める対象であってデッサン力を養うのに恰好のモチーフであったのです。
中村は、生まれ故郷小樽をこよなく愛し、その風景をじっくりと見捉えて描いた画家ですが、本展では小樽風景に限らず、各地の山と樹木を描いた善策のの作品を選りすぐりご紹介いたします。