大川美術館は、松本峻介、野田英夫をめぐる日本の近代洋画を中心に収集した初代館長・大川栄二(1924-2008)氏が築いたコレクションを基礎として1989年に開館しました。来年開館30周年を迎えます。本年はその序章の年として、一年を通じて大川美術館コレクションをじっくりと見つめなおす企画展を開催してまいります。
その第一弾は、旅に憧れ、旅を愛し、とりわけヨーロッパの地を旅した当館収蔵作家5人による水彩・素描作品約80点をご堪能いただきます。
茂田井武(1908-1956)は、その青年期、シベリア鉄道でパリにたどりつき、淡く切ない巴里での青春を画帳「ton paris」に綴りました。鈴木満(1913-1975)は、病をおして出かけたパリに、単身一年滞在しパリ・リベリアホテルを起点にイタリア・スペインに旅しトランク一杯のスケッチを持ち帰りました。鷲田新太(1900-1977)は、73歳で長年憧れ続けたパリを訪れ滞在。ゴッホが描いたオーベルの寺や、佐伯祐三の制作の地クラマールなどを訪れ、油彩画と見まがうグワッシュによる風景画に新境地をひらきました。また、長年人間の存在を絵画とともに見つめてきた網谷義郎(1923-1982)は、その晩年期、イタリア、フランスを訪れ、ロマネスクの聖堂を辿る旅に出、おびただし数の水彩画を残しています。そこには静謐な祈りが滲みます。武田 久(1921-1994)は、数度にわたるイタリアからフランス、ドイツ、さらには北欧への旅のなかで常にスケッチを描いていました。その親しみ深い自在な筆致は、異国の空気を今になお伝えてくれます。
水彩画や素描は、画家の思考の過程、あるいは視点、動作を直に伝えるものとして魅力にあふれています。その紙上においては、色彩や線描の重なりが、ときに生々しくもリズムやハーモニーを生み出します。油彩画とはちがう画家の感覚、その一瞬の感動がそのままに表出しているともいえるでしょう。
これまで注目される機会の少なかった市井の画家たちの水彩画の世界。彼らのインスピレーションに満ちたヨーロッパへの旅の軌跡をお楽しみください。