公益財団法人常陽藝文センターでは郷土作家展シリーズ第247回として、「胡蝶の夢 宇留野信章展」を開催いたします。
一陽会委員の洋画家・宇留野信章さんは、少年の頃に水彩画を始め、大学を卒業するまでに、淡彩、デザイン、シルクスクリーン、油彩と興味の赴くままに様々な手法を試み吸収しました。その後、水溶性の特徴を活かした水彩画のような描法から、多彩なメディウムを使い油彩画のような描法まで幅の広い表現が可能なアクリル絵具に出会い、これまでに学んだ全ての手法を取込んで描くようになります。
宇留野さんの主なモチーフは、初期の版画やデザインの要素が強い自画像から、形に惹かれて描き始めた蓮の花へと変化し、平成14年から現在は常陸大宮市にある自宅近くの川辺の風景や植物を描いています。
宇留野さんは、背景と前景を異なる手法で描きます。パネルにドリッピング*で描く背景部分は、荒々しく飛び散る色の躍動感が立体的な空間を湧き上がらせています。対して前景は、身近な風景や植物などから自身の気に入る形状を抽出して図案化したものを、細部まで熟慮し計画的に構成します。それらを重ねて描くことで平面的な前景の壁からその奥に広がる色彩の空間を観るような構図を造り出し、幻想的な心象風景を生み出しています。
宇留野さんは幼い頃に父親の死を経験してから、死や実存について問いを抱くようになり、その答えを絵画に求めるように制作を続けてきました。描きながら自身の存在意義や表現のルーツを探る内に「日本人である自分」の感性を意識するようになります。西洋絵画のようにモチーフを立体的に量感的に写し捉えることよりも、余白や輪郭線を用いて、シンプルで奥行のない面的な構成を好む表現、先人たちが培ってきた日本人としての表現志向です。宇留野さんはそうした伝統的な日本絵画の感性を、和紙とアクリル絵具で表現しています。
今展の前期ではこれまでの作品から厳選した宇留野さんの優品7点を、後期には新たに制作した大作2点を展示いたします。
*ドリッピング…床に広げた支持体に、刷毛やコテを使い空中から絵の具を滴らせて描く絵画技法。偶然性、即興性の効果を持つ。