版画家・谷中安規は、幻想と怪奇の木版画で知られ、明治末期から昭和初期にかけて数多くの個性的な版画家を輩出した創作版画運動※にあって、とりわけ異彩を放つ作家の一人です。1930年代の東京を風船のように放浪していたことから「風船画伯」と呼ばれ、奇行や悲惨な最期といったエピソードによって語られてきました。しかし、彼は決して時代の中に孤立して生まれた存在だったとはいえません。幻想世界の一方で、震災後の復興がもたらしたモダン都市・東京を描いた「街の本」、小説「王様の背中」では挿絵や装幀も手掛け、谷中ならではの光と影が織りなす幻想世界が作品にはちりばめられています。生誕120年を迎えた今年、当館コレクションより谷中作品を一堂に展覧します。現実とまぼろしを行き来するような、谷中の怪奇と妖気あふれる独創世界に是非迷いこんでみてはいかがでしょう。
※明治末期に山本鼎や石井柏亭らによって提唱され、大正から昭和初期にかけて盛隆した版画運動、ひとりの版画家がすべての工程を単独でおこなう「自画・自刻・自摺」を旨とした。