石崎光瑤(明治17年ー昭和22年)は、富山県南砺市(福光市)出身の日本画家です。光瑤は、明治29年、12歳で金沢に出て、琳派の画家山本光一に師事し、琳派の古典を学び、加えて写生が大切だとして野山で自然の写生にあけくれました。入門の翌年には「光瑤」の雅号を授けられています。
19歳の明治36年、光瑤は京都で近代の日本画を拓いた竹内栖鳳に師事し、写生とともに画家の独自性を重視する姿勢を学びました。大正元年第6回文展で初入選、同3年第8回文展で《筧》が褒状を受賞し、宮内庁の買上となるなど注目を集めます。その後、山岳を好んだ光瑤はヒマラヤの大連峰とインドの古蹟を訪ね、帰国した翌年の大正7年、第12回文展で《熱国妍春》が特選を受賞、翌年の第1回帝展でも《燦雨》が特選を受賞しました。インドで吸収したまばゆいほどの鮮烈な色彩と生命力を表出させ、光瑤の個性が見事に開花したのです。
本展覧会では、石崎光瑤の没後70年を記念し、昭和8年に高野山金剛峯寺から依頼され、生涯をかけて制作した40面の襖絵『雪山花信』のうち、ヒマラヤシャクナゲと雉を描いた《虹雉》(12面)と、文展・帝展で受賞した代表作に、光瑤が最も重要視した写生をあわせて紹介します。煌びやかな装飾性と独自性にあふれる石崎光瑤の花鳥画の魅力をご堪能ください。