『1962年2月、美濃大萱の里で絵志野の陶片を見た。その年の10月、丹波三本峠で半ば崩潰しかかった穴窯を見た。そして翌正月、雪の有田泉山で採石場に残る鏨の痕跡を見た。ぼくは、その行く先々で縄文・弥生から連綿とつづく日本の「古代的なるもの」を感じとったのである。』(土門拳(古窯遍歴」あとがきより)
昭和37年、土門拳は、やきものに開眼し、丹波、伊万里、唐津、信楽、九谷、瀬戸、常滑などの古陶磁を精力的に撮り始めました。古窯址を訪ね、陶片をさがし、壺や甕を求めて、土門の「古窯遍歴」は執拗に続きました。
昭和43年、病に倒れ撮影は一時中断されましたが、土門は不死鳥のように立ち直り、再び撮影を開始。昭和48年、備前の撮影を完了しました。翌49年、『古窯遍歴』は個展および写真集として発表され、足掛け13年にわたる「古窯遍歴」の長い旅は終わりました。
土。水。火。この極めて単純で素朴な要素からなりたつ「やきもの」。人為のおよばない「天工」によって生み出される「何か」。その力を土門拳は写しきっているのです。