「初冬から早春にかけて武蔵野の風趣は凛として静かに美しい。」
向井潤吉「武蔵野昨今」『マンスリー東武 第252号』1970年
武蔵野は、古く万葉の時代に詠まれ、その風趣は徳冨蘆花や国木田独歩といった明治の文豪たちにも好まれてきました。戦後全国を訪ね歩き、草屋根の民家のある風景を描きつづけた(1901-1995)もまた、武蔵野を愛した画家の一人です。1933年(昭和8)年に世田谷区弦巻にアトリエを構えた向井にとって、東京や埼玉近郊は最も身近な取材地でした。
広い空の下、櫟 (くぬぎ) や欅 (けやき) などの雑木林や、足下に生い茂る叢 (くさむら)、それらに囲まれるように佇む草屋根の民家―。そうした、自然と調和した人々の素朴な暮らしの風景に心を惹かれ、向井は足しげく通いつづけました。また、高速道路の整備などにともない、そうした風景が急速に姿を消していく中、向井は荒川を越えて秩父方面へも取材の範囲を広げていきました。
本展では、東京、埼玉近郊で描かれた風景を中心に、その周辺も含めた作品をご紹介します。武蔵野の面影を色濃く残すアトリエ館の庭もあわせて、お楽しみください。