まだ写真という技術が珍しかった昔、市井の庶民が自分の姿を画像で残す機会などめったにないことだったからなのでしょう、博物館や資料館でみる古い肖像写真や記念写真では、みな正装して一世一代の面持ちをしています。ましてさらに昔、写真が発明される以前の時代であれば、画家に依頼して自分の肖像画を手に入れることなど、それこそ王様や貴族か戦国武将ででもなければかなわぬことだったに違いありません。その点現代人はいとも簡単に自分の肖像を手に入れることができるようになりました。文明がもたらしてくれる便利で楽しいさまざまなツール、たとえばスマホ。今日も世界の津々浦々で老若男女和漢洋諸人こぞって「自分撮り」。ソーシャルネットワークのサイトをひらいてみれば、そこには我も我もと天の星々のように輝くたくさんの「私」がいます。人はなぜ「私」を写すのか、などとあらためて問うまでもないことです。その人にとって最も身近で最もいとしい唯一無二の人間存在、「私」。ギリシャ神話のナルシスならずとも、誰だって自分こそが一番大切な人なのですから。
そう考えるとプロの画家は絵がうまいからなお「いいね!」です。だって自分で芸術作品のモデルになれるのですから。いくら文明の利器でもそこまで夢をかなえてはくれません。
本展は笠間日動美術館の所蔵作品を中心に、画家の自画像を集め、作品と併せてご覧いただく展覧会です。明治から現代に至るまで、61人のアーティストの自画像と作品、合計約100点を展示いたします。
鋭敏な感性と熟練の技で描かれた、かくも個性的なそれぞれの「私」。
いったいどんな人なんでしょうね。