武者小路実篤は、大正末から昭和11(1936)年頃にかけて、トルストイ、二宮尊徳、井原西鶴、大石良雄、一休、釈迦などをテーマとした伝記小説や評伝を多く執筆しました。実篤研究において、この時期は「伝記時代」などと呼ばれますが、大手雑誌からの原稿執筆依頼が途絶えた「失業時代」とほぼ重なることから、出版社の意向によって人物伝を多く書いたと受動的に位置づけられがちです。
しかしながら、実篤の「偉人」に対する関心はこの時期に特有のものではなく、生涯を通じて見受けられます。「若い時は世界一の人間になりたかった。齢をとってから僕は本当の人間になりたい」と言う実篤にとって、人物を描くということがどんな意味をもっていたのかを探ります。