明治維新は日本の社会を大きく変えました。西欧の影響は技術や産業の分野へも奔流となっておしよせました。印刷技術の分野も例外ではありません。江戸時代まで、印刷の主流は伝統的な木版でした。明治期にはいると、紙幣の印刷には銅版画の彫版技術が採用され、書籍では活字が急速に普及してゆきます。明治6、7年頃からは、石版技術の実用化が官民を挙げて進められます。こうしてわずか数年の間に、さまざまな工夫を凝らした石版印刷物が一般庶民の間に普及、明治10、20年代は石版の時代ともいえる様相を呈することになります。浮世絵でも好まれた役者や美人、風景などから、皇族や政治家の肖像に至るまで幅広い題材が描かれ、大量の石版画が発行されました。しかしそれもつかの間、写真印刷や原色版といった、よりリアルな印刷技術の前に、石版画の人気は失われていきました。
本展では約500点の作品により、明治期に繰り広げられた石版画の世界を一望します。日本における石版の隆盛期は非常に短いものでした。だからこそ、わずかな期間に一気に影響を受けた西欧に美術や写真、以前から確立していた伝統木版、それらとの密接な関係が明治の石版画には凝縮されているのではないでしょうか。かつて浮世絵がそうであったように、美術作品として認知されなかったために、石版に関する事実の検証はこれまで全くなおざりにされてきました。しかし日本近代文化史を思考する上で、明治の石版画の歴史を知ることは非常に重要と考えるものです。