20世紀初頭に活躍した抽象画家ワシリー・カンディンスキーの生誕150年を記念して、当館が所蔵する二つの版画集『響き』と『小さな世界』、そして晩年に描かれた油彩画《二つの黒》を展示し、具象から抽象へと至るカンディンスキーの作風の変化をご紹介します。
1866年12月4日にモスクワに生まれたカンディンスキーは、モスクワ大学で法律学や国民経済学を学び将来を嘱望された法律家でしたが、30歳で画家の道に転向しました。初期は具象画を描いていましたが、「芸術の第一の目的は作家の奥にある感覚の表現である」として、1910年に初の純粋な抽象画を描いて以後、生涯を抽象画の探究に捧げました。
版画集『響き』は、民話風の具象画から抽象画まで、初期の代表的なモチーフを含む木版画56点に自作の詩を添えて、1912年の暮れに出版されました。多彩な絵画表現と詩のリズムがまさに響きあう、総合的な芸術作品です。(本展では収録作品の一部を展示します。)一方、版画集『小さな世界』は、それから10年後の1922年、カンディンスキーがバウハウスの教授としてワイマールに招かれたときに出版されています。本作には、石版、木版、銅版の3種類の技法による、色彩や形態においてより理論化され抽象度の高まった無対象絵画12点が収録されています。両者を比較すると、作品の主題が次第に文脈から切り離され抽象化されてゆく過程をご覧いただけるでしょう。
また、「総合の時代」と呼ばれる晩年にパリで描かれた油彩画《二つの黒》は、カンディンスキーが創り上げた、自然と並び立つもう一つの世界、画家の内なる抽象世界の集大成と言えます。
本展が、カンディンスキーの探究した豊かな抽象画の世界を、身近に感じ味わう機会となりましたら幸いです。