「一種の発作的衝動にまかせて数本の線をひくと、その線が何やらの形をつくりだしてくるし、またそこに意図するものが生まれて、はじめて絵画する、あるいは素描する精神と動作が一緒になり、小さな私の世界が始まるようである。」(海老原喜之助「デッサンと私」より)
鹿児島市出身の洋画家、海老原喜之助(1904~1970)は、素描力を鍛える目的でデッサンに取り組み始めますが、やがて自ら「素描癖にとりつかれてしまった」と言うほど没頭するようになり、鉛筆やペン、水彩などによる数多くの作品を残しました。海老原のアトリエにはそれら大量のデッサンが幾つかの山となって高く積み上げられていたという目撃談は伝説として語られたほどです。
近年、当館が収蔵した1,005枚のデッサンはその一部であり、描いた紙や鉛筆・ペンなどの画材も様々で、描かれた時期もまちまちです。その内容も、庶民的な日常を描きとめた写実的な素描のほか、代表的な油彩画との関連を強く意識させるもの、馬や人体などの描写、顔や手足だけを描きとめたもの、さらに幾何学的な文様による抽象的構成など実に多様で、それらが一枚の紙の中に混在する場合もあります。断片的で混沌とした「小さな私の世界」は不思議な魅力に満ちています。
本展では多様なデッサンの中から、描かれた内容やテーマなどについて相互に関連の深いものを幾つかのグループにまとめ、ご紹介します。