新聞連載小説「記憶の渚にて」(直木賞作家 白石一文氏著)挿絵原画と新作タブローの展覧会
井上よう子展に
海文堂ギャラリーで井上さんの初企画個展は1991年。そして今回の個展は12回目となる。デビューの時からアンドリュー・ワイエスを思わせる気品のある描写力と遠くを夢見るような余韻のある画面に十分な才能を感じた。
その風景はリリシズムに溢れ、眩しすぎる陽光と透明な空気。しかし、これは単なる懐かしい情景ではない。深く傷つくことを知った人、深く愛する孤独を知った人が流れゆく時を瞬時に切り取ってみせる“永遠の断片”なのだ。この個展が彼女の画家としての「出航(たびだち)」を飾るものだ。
(初個展に島田が寄せた言葉)
井上作品の根底にある二つの特徴は、青=ブルーへの拘りと、どこにも緩みのない凜とした完成度にある。命あるものは必ず逝く。その哀切を抱きながら人は生きる。しかし、また命は形を変えて再生する。作品に漂う「不在」の気配は、自らの慰藉を超えてやがて、存在への感謝へと転化されていく。
2002年の「天国に近い場所~and he has gone」を機に、井上は、若き日の「For…From…」から、新しく「The way to Bright Ocean」などの世界へ自らの体験を超え、靄(もや)の中から抽出された「道=希望」を見つめるようになる。2005年シスメックス・ソリューションセンターの壁画「海・光・風」(3m×92cm)がその結実でした。2008年には第一線で活躍する女性画家に送られる亀高文子記念―赤艸社賞を受賞、企業や学校などのアート・プロジェクト、ホスピタル・アートなどにもたびたび選ばれ、4度、デンマークにも渡った。
そして後藤正治(ノンクション作家)の表紙装画、白石一文の挿絵をへて、新聞連載小説「記憶の渚にて」のリアルな体験が否応なしに井上よう子の世界を拡げ、作品に強度を与えた。
この心の旅路をご覧いただければうれしい。
島田 誠