外国の映画・文学・音楽に精通し、各分野の新人・新作・新傾向を独自の視点で取り上げた植草甚一(1908~1979)は、専門家や好事家だけでなく一般読者の興味も喚起するような、独特な語り口をもった文筆家でした。
1948年に東宝を退社したのち本格化させた文筆業の領域は、映画、ミステリーにはじまり、モダン・ジャズ、カウンター・カルチャーなどへと、ジャンルレスに広がっていきました。本人は「雑学」と呼んだ海外の幅広い文化の紹介者となった植草甚一は、1960年代後半から70年代にかけ、団塊の世代の若者から熱烈な支持を集めることとなります。
また、その文体も初期の評論から変化し、1960年代には植草流とも呼ぶべき特異なスタイルを築きました。終生買い続けた大量の洋書・洋雑誌、そして都市の散歩の中から切り取られた事象が、独特な意識の流れによってつながれていく文章は、植草甚一のもう一つの側面、コラージュの名人としての手際にも一脈相通ずるところがあるといえるでしょう。
植草甚一の没後、4万冊を超える蔵書は古書店が買い取るなどして整理され、その他の遺品も、展示即売会が催され鉛筆一本に至るまでファンの手に渡りました。
しかし、2007年に当館で「植草甚一 マイ・フェイヴァリット・シングス」展を開催したことを一つの契機として、ご遺族や関係者から関連する品々をご寄贈いただき、さらに2013年には、かつて出版社の倉庫に保管されていた大量の品を、ご遺族よりご寄贈いただきました。スクラップ・ブックやノート約240点、草稿や原稿約50点、日記約30点を含む当館の植草甚一関連コレクションは、図書・雑誌、写真類も加えると、総数1,200点以上になります。
本展は、<映画><文学><音楽><コラージュ><雑学><ニューヨーク><ライフスタイル>のカテゴリーに分けて主要コレクションを披露する、過去最大規模の展覧会です。1930年代のスクラップ・ブックから晩年のノートにいたるまで、日々の営みから生まれた品々を通じ、散歩や買い物や「勉強」を生涯一貫して徹底的に楽しんだ、植草甚一の独創的な生き方に迫ります。植草甚一についての立体的なスクラップ・ブックともいえる本展に、どうぞご期待ください