浜口陽三(1909-2000)は20世紀を代表する銅版画家の一人です。戦後、本格的に銅版画に取り組み、独学でメゾチント技法を探求していきます。そして、フランス語ではマニエル・ノワールと呼ばれ「黒の技法」を意味するこの技法に豊かな色彩を取り入れた、唯一無二の作家です。
「14のさくらんぼ」(1966年)は、暗い背景に浮かぶ鮮やかな赤い色が印象的です。浜口陽三が生み出すその色は、ある時はさくらんぼ、またある時はすいかやざくろ、さらに、てんとう虫や蝶、毛糸、太陽へと自在に姿を変え、輝きを放ちます。赤は情熱的で、エネルギーやいのちを感じさせる色。蝶が花の蜜にさそわれるように、私たちはその赤い色に本能的に惹きつけられてしまいます。
鮮やかな赤とは対照的に画面の大半を覆う背景の黒。作品を見る目が慣れてくると背景は単調な黒一色ではなく、濃淡があり、赤や青、緑などの色彩が含まれていることに気がつきます。黒は赤を引き立たせると同時に、赤やその他の色によって支えられています。色と色は引力のような力で影響し合い、お互いを輝かせているのです。
本展覧会では赤と黒が印象的な「14のさくらんぼ」や「西瓜」をはじめ、色彩の魅力を味わえる作品、約60点を展示いたします。複雑に重なり合いニュアンスをもった色彩を、ゆっくりと目でご堪能ください。見るほどに違った味わいが見つかることでしょう。