美人画で知られている橋口五葉(1881~1921)ですが、その短い生涯にわたって描き続けた、もう一つの主要モチーフが植物でした。園芸を生涯の趣味とし、その美を絵画作品として描き留めています。そもそも画号も、鹿児島市樋之口町の自宅の庭の五葉松から取られており、植物への愛着ぶりがうかがえます。
19世紀末にヨーロッパを席巻した美術思潮アール・ヌーヴォーは、その名のとおり、新しい芸術を目指しました。過去のいかなる様式とも決別しようとしたため、おのずと自然に回帰することとなり、芸術家たちはそこから学び直そうとしました。また、世紀末は産業革命の時代でもありました。機械文明の恩恵にあずかりながらも、一方で人間を疎外しようとする巨大な力に反発した彼らは、やはり自然に立ち返ろうとしたのです。そんな自然の姿を最もシンボリックに表すものが植物でした。
アール・ヌーヴォーを日本で花開かせた立役者の一人が、橋口五葉です。洋行していない五葉にとって、夏目激石などから見せてもらったヨーロッパの書籍や雑誌がその影響の源とも言われていますが、五葉がそのような新興運動にすぐさま反応できたのは、同時代の人間としての鋭敏な感性があったのは当然のこと、植物の生態についての知識やそれを描写する高い技術を、修得していた点が一因とも言えるでしょう。
モチーフそのものとして、あるいは背景として、膨大な植物図を描いた五葉ですが、実際に図鑑を編集する機会はありませんでした。そこで本展は、もし五葉が花図鑑を制作していたら、という想定のもと、当館の所蔵品の数々をお楽しみいただくという企画です。
装幀家としても名高い五葉のこと、どのような外観の図鑑ができていたかについては、ご観覧の皆様がそれぞれに想像していただければ幸いです。