タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムは、10月3日(土)から11月7日(土)まで、尾形一郎 尾形優個展「沖縄モダニズム」を開催いたします。タカ・イシイギャラリーでの初めての個展となる本展では、作家が沖縄モダニズムの構造に焦点を当て、沖縄における建築を撮影し続けてきた「構成主義」のシリーズを、更にその内容の振幅を広げ、住宅建築が重なり合う雑多な街並と、沖縄の街を構成する最小単位としてのコンクリートブロックから彫りおこされたミニマル彫刻という2つの被写体にまとめ、作品約37点を展示いたします。
尾形一郎 尾形優は、多様な文化の重なりや人の心の総体を映し出すものとして建築を捉え、対立と矛盾を抱えた世界の文化構造と我々の生活の関わりを様々なメディアを通じて考察・提示してきました。なかでも写真は、文化的レイヤーの一段面を瞬時に切り出し、一枚の平面に同時処理できる媒体として、尾形らの制作において重要な表現手段の一つとなっています。
20世紀初頭に先端的な芸術スタイルとして現れたモダニズムは、装飾を排した抽象性が地域の特殊性を超越し、世界各地へと浸透しました。その機能性と経済性が着目され一般社会に受け入れられると、1950年代には大衆化が進み、地域の伝統や風土が取り込まれた新たなモダニズムが発生します。沖縄もその例外ではなく、台風や白蟻の被害、戦後復興途上の材料難などにより従来の伝統的な木造建築が姿を消す一方で、アメリカ軍が軍用物資として持ち込んだコンクリートブロックが各地に普及し、在沖縄アメリカ人用に建設された外人住宅と、日本に古くから伝わる木割り法を用いた鉄筋コンクリート建築が合体し、木造のように柱と梁が目立つ無骨なコンクリート造でありながら、機能としては伝統的な民家という、ユニークな建築スタイルをもつ沖縄モダニズム建築が誕生しました。
尾形らは、軍事的な環境と土地の風土が反映され、彫刻的な形をした民家の立ち並ぶ都市景観を生成した沖縄のモダニズムについて、抽象的モダニズム表現に人間と物質をつなぐ有機的内容が含まれている点で、革命とプリミティヴィズムに特徴付けられるロシア構成主義との共通点を指摘し、「沖縄構成主義」と名付けました。その上で、古い様式へのアンチテーゼとしてではなく、進むべき未来の形として発展した沖縄モダニズム建築を、一つの希有な文化構造として見出しています。
確かに沖縄のアブストラクトは、内容がアニミズム的に複層していて、欧米の抽象概念とは少しずれている。だが、沖縄構成主義や能勢孝二郎の彫刻を、「抽象概念が、伝統的に自然である」ことが直接モダニズムと結びついた、世界的に希有な文化構造として眺めても良いのではないか。沖縄では、自然や伝統や生活、そこに軍事的環境が進入して、アブストラクトとして表現されることが日常となった時代があったのだ。
尾形一郎 尾形優『沖縄彫刻都市』羽鳥書店、2015年、pp.130-131
作家の関心は、建築形態や材料の伝搬と取捨選択がどのような形で繋がっていくのかというフラクタル的な連関性に向けられ、本展では「街並」と「彫刻」という2つの視点が提示されます。
4×5カメラを用いて撮影された「街並」シリーズは、被写体との間にコントラストの低いフィルムを介在させることで、自然環境と歴史が醸しだす空気の層をも捉える取り組みであり、映し出された住宅建築には生々しい営みを見ることができます。また、一方の「彫刻」シリーズは、故郷の風景の表象としてのコンクリートブロックという素材を用い、沖縄の石造建築の記憶と、アメリカ統治時代の歴史や文化を今に伝える那覇出身の彫刻家、能勢孝二郎氏(1950-)の作品を撮影した作品群であり、能勢が削りだす自然を模した有機的な曲線と、ブロックの穴というコンクリートブロックがもともと内包する人工形態がぶつかる偶然性に、沖縄の歩んできた道のりが象徴的に表現されていると言えます。
これらの作品は、コンクリートの原料である石灰を水で練った漆喰を塗布したシートに顔料を拭きつける、フレスコ画の技法を用いたプリントに落とし込まれることで、被写体と写真の間の物理的な連関が担保されています。