山口啓介(1962-)は、3.11を経た現代に《歩く方舟》を降り立たせました。1980年代後半に大型の銅版画で注目を集めて以来、他には類をみない存在感を放ち続けてきた彼の主要なテーマとなった「方舟」は生命を繋ぐ船であり、人間の営みであり、幼年期の原風景でした。そして、いま、震災と原発事故という現実に晒され研ぎ澄まされた山口の芸術的知覚は、《歩く方舟》をして、禍のうずまく地上を巡り、自然の真理に耳をすまし、再生の航路をさぐり、新たな世界のコンパスとして未来予想図を描きます。
本展では、hakobuneプロジェクト(いわき市立美術館、2013年)で制作した《歩く方舟 on いわき、玉響の休息》をはじめとしたプロジェクト関連作品、また本展に向けて制作された大型の新作、さらに若き山口が現在を予見していたかのような初期作品も含めた約80点の作品により、絵画、版画、立体作品、インスタレーションと多彩な表現を巡りながら、現代を映し、宇宙を描き、未来を考え、人々の再生と希望の物語を美術の言葉で発信しようとする山口の試みを紹介します。