これからがホンバン ―小泉直彦の神戸展に寄せて―
十年近く前、この青年と出会った。青年というより少年だった。大学を中退、埼玉県秩父のスーパーで働きながら、クラフト紙を再利用して絵を描いていた。線も色も下手っぴいだったが、テコでもひかぬ「表現の意志」は汲みとれた。男には秩父の山が似合った。秩父の山しか描けないようにもみえた。
昨秋、絵をお見せした秩父出身の俳人金子兜太先生から、「秩父古生層の塊をさながらに感受する」「古生層に負けない力感がある」という過分な讃をいただいて、本人は有頂天だ。
青年が秩父の「古生層」の奥ふかく、どれだけ己が真実の生命を注入してゆけるか、これからがホンバンだろう。
窪島誠一郎 (「信濃デッサン館」「無言館」館主)