広重が描く、富士山の魅カ―
《冨士三十六景》は、広重没後に刊行された全36図の富士山を描いた揃物です。同じく富士山を描いたシリーズで、ほぼ同時期に制作された《不二三十六景》は、全て横長の画面に描かれているのに対し、《冨士三十六景》は、全て縦長の画面に描かれています。富士山は神として崇められる一方、身近な存在でもあり、広く人々の信仰を集めていました。富士山に憧れる人たちによって、江戸の町内には「おふじさん」と呼ばれ親しまれた富士塚がいくつもつくられました。また、今も各地に残る「富士見」という地名から、当時の人がいかに富士を愛し、その姿を眺めてきたかをうかがい知ることができます。
各図では写生を基にしながらも、広重が晩年に多用した近像型構図を用いて、モチーフを印象的に描き出しています。自然の雄大さと人々の営みとが見事に調和した作品が多く、作品全体には穏やかな空気が流れます。広重の生み出した“富士のある風景”をご堪能ください。