マリー・ローランサン(1883-1956)は、20世紀のパリで活躍した画家です。パステルカラーで少女たちを描き出した夢のような世界は、多くの人々を魅了してきました。一方、詩人アポリネールとの運命的な恋と別れ、その後の亡命生活など、波瀾万丈の人生を送った女性としても知られます。そのロマンティックな恋物語や生涯は、彼女が今なお人気画家である理由のひとつでしょう。
しかし、作品の人気や私生活への興味の高さとは裏腹に、彼女がどんな創作の歩みをたどり、何を築き上げたのか、その検証と評価は十分とは言えません。そこで、この度の展覧会では、新しい造形世界を生み出す事にひたむきに取り組んだ、ひとりの「画家」としての姿に焦点を当てました。
淡い色とゆるやかな形……ローランサン独特の世界を、あえて一言で表せば、「かわいい造形」です。今日、私たちの身の回りには、かわいい色や形があふれています。デザイン、さらには芸術の世界でも、愛らしい造形はめずらしいものではなく、一種の流行とさえ言えます。しかし、殊に芸術という分野に限って言えば、ローランサンが活躍した当時、かわいい造形を追求した絵画は当たり前のものではありませんでした。なぜなら、「芸術」とは、重厚で壮大、深淵なものであるべきだという考えが根強かったからです。
つまり、ローランサンは、西洋の伝統的な芸術観に反して、愛らしさを追求し、全く新しい絵画を生み出したのです。しかもそれは、「かわいいもの」を愛する気持ちと、自身の感性だけを信じて、たった一人で歩んだ道でした。
本展覧会では、そんな「かわいい造形の探求」に捧げられたローランサンの画家人生を、初期から晩年までの代表作70点でたどります。
世界も注目するほどの「かわいい文化」を生んだと言われる日本。そんな国での展覧会だからこそ、ローランサンが一生をかけて追い求めたものを再発見できるかもしれません。そして、「かわいい美術」が、果たして日本だけのものなのか、そんなことも考える機会になれば幸いです。