鉄という素材に取り組みながら、1980年代末から作品を作りつづけてきたアーティスト多和英子の創作の軌跡を代表作15点と新作によって紹介します。
もとより鉄は、固く、重く、強い素材ですが、多和英子は、逆にやわらかく、軽く、時にしなやかに感じられるように、ダイナミックに、そして繊細に造形します。
彼女の創作は、6ミリの鉄線を一本、一本溶接し、あたかも一本の糸から布を織りあげるように、平面をつくり、それを曲げ、重ねています。小さな鉄工所のようなアトリエで、ひたむきに溶接する時間は長くつづきます。そのアトリエの敷地には野菜作りの小さな菜園があります。制作する、つまり溶接することは、草花や野菜作りとつながっているようで、野菜を育てるように、自然の息吹を感じながら溶接して作品をつむぐのです。「山のように、水のように、風のように」表現したいと願いながら作品をつくりつづけています。こうしてつくりあげられた、冷たく、黒い鉄の塊は、ときに暖かな肌合いをただよわせています。多様で混迷をつづける現代において、生活や暮らしに根ざした創作は、確実に地についた歩みといえます。同時にめまぐるしく変化する現代美術のシーンにおいて、その造形は人間が生きることの切なる祈りにも通じ、皮相な流行とは一線を画した普遍的なものといえます。
今回の展覧会は、そうした多和英子の鉄による立体造形を日本の近代美術に名をのこした三人の芸術家を顕彰する三美術館の共同企画として開催します。
その芸術家とは、小杉放菴(1881-1964)、藤井達吉(1881-1964)、萬鉄五郎(1885-1927)です。小杉放菴は、洋画から日本画へと転じ、とくに水墨画において、東洋思想への傾倒を背景にしながら恬淡とした独自の画風で知られています。藤井達吉は、さまざまな素材と技法を自在に駆使して、絵画、図案、工芸にわたりひろく、豊かな作品をのこしました。さらに萬鉄五郎は、1910年代の前衛的で先駆的な表現から、油彩画、水墨画両面において東洋的な表現を求めて、自然の胎動を感じとった画風を築きました。個性のことなる三人ですが、いずれも大正、昭和を代表する芸術家たちといえます。
今回の展覧会は、各会場において多和英子の作品とともに、三美術館の所蔵作品とをあわせて鑑賞していただきます。自然とむきあう近代と現代の美術、およそ90年の時と場所を超えた創作の響きあいに出会う、これまでにない機会となりますので、是非ご覧ください。