日本画家・小野竹喬(1889-1979)の長男である春男(1917-1943)は、昭和15(1940)年に京都市立絵画専門学校を卒業し、その翌年の第6回京都市美術展に《樹林》が入選して日本画家としての道を歩きはじめたところでしたが、同年12月の太平洋戦争の開戦により、昭和18(1943)年に26歳で戦死しています。
細面ですらりとした体つきをしており、手品が上手だったという春男の作品は、これまで無言館(長野県)に預けられていた屏風《茄子》が知られるばかりでしたが、平成25(2013)年、複数の作品と素描が小野家において発見されました。これらは、主に風景を描いた竹喬に対して花鳥や人物も扱っており、いまだ独自の画風を確立する途上にあったのだと感じられます。また、繰り返し描かれている自画像からは、鋭く繊細な感覚の持ち主であっただろうことが察せられます。
このたびの展覧会では、春男の17歳頃から24歳頃までの作品と素描、関連する資料、また、父親である竹喬の作品を展示します。終戦から70年となる今年、画家として大成する時間を持ちえなかった春男と、期待をかけていた息子の戦死を受けて、二人分の仕事をしようと誓った竹喬に思いをはせて頂けましたら幸いです。