馬を愛し、30年余にわたり馬を撮影し続けている今井寿惠。イギリス、フランス各地の競馬場には今井の撮影のための席が用意され、日本人として国内外で最も数多くの名馬を見てきたと言われる写真家です。
今井寿惠は、1931年東京の営業写真館に生まれました。美術学校を卒業し、油絵を描いていましたが、周囲の勧めから写真ギャラリーにて個展を開催することになり、1956年「白昼夢」展で鮮烈なデビューを果たします。リアリズム写真全盛の時代にあって、心象風景的イメージを作り上げ、新しいテクニックを駆使した絵画的な作品群は異彩を放ち、一躍新人女性写真家として話題の人となりました。ところが、交通事故により1年半の間視力を失いました。写真家としては再起不能と言われながら、回復後に初めて見た映画「アラビアのロレンス」で、生命感溢れる馬の姿に感動し、以来今日まで馬を撮り続けているのです。
「私にしか撮れない馬でなければ、私が撮る意味がない。馬の生態写真や記録写真のみを撮るつもりはない。馬の精神の深さ、格調やフォルム、欠点を含めた特徴を引き出すこと。芸術品である馬の最高の瞬間をとらえるためにも、自分の感性を鈍らせないようにしたい」と語る今井の写真に見る馬は、まさに「肖像画」と呼ぶにふさわしく、また牧場で捉えたイメージのファンタジックな世界には、馬への限りない愛情と、馬という動物の魅力を余すところなく捉えようとする写真家の熱い眼差しを感じることができるでしょう。
本展では、競馬史上に名を残す数々の〈名馬の肖像〉、自然の中を駆ける馬の生命の煌めきを詩情豊かに描く〈ガラス絵の牧場〉、そして豊かな表現世界の原点を探る初期作品を含む全97点を展示いたします。